みんなが優しい世界で
とにかく周りにいるみんなが優しい。それが印象に残る物語だった。
両親を亡くし、心に傷を負った主人公の再生の物語である。悲しい体験をした主人公は、心が沈んでいる。けれども主人公には、そうであるという自覚がない。自分の心や気持ちを正確に掴めずにいる。だから、そこから脱出したいとも思っていない。ただ、悲しみに沈んでいる。水底に沈んだまま、上から降ってくる光を眺めているだけで、そこから浮かび上がろうともがくことなどない。そんな状態だ。
そんな主人公に偶然出会った先生が手を差し伸べる。先生は主人公に昔の自分を重ねていた。だから先生は、君が生きる意味を見出して、この世界にある本当に素晴らしいものに気づいてくれればそれでいいと先生は言う。主人公は先生の与えてくれた「救い」によって、自らその生きる意味を見つけるため、動き出す。
人の縁が希望になる。その可能性が美しく描かれていた。
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小説や映画は、現実社会を映す鏡だ。
この小説を読むと、現代社会を生きる私たちの痛みが何かをひしひしと感じる。私たちの抱えている問題はとても複雑で、その問題がなにか全体像を掴むことも難しいし、その糸口を見つけ出すこともなかなかできない。そんな状況から脱出するにはどうすればいいのか。そこに作家が何を提示するかで、描かれる物語が違ってくる。先日みた「パラサイト」にも、脱出不能な絶望が描かれていた。
第72回カンヌ国際映画祭で最高賞!『パラサイト 半地下の家族』予告編
その二つの作品を対比的にみると、「線は~」も「パラサイト」も最後に希望が提示される。「パラサイト」はちらつかされる希望が重たく心にのしかかるが、「線は~」はとにかく優しく、私たちの心を癒す。