木曜日20時、不定期更新。 小説、映画について書きます。 推理小説中心です。

自由って本当に大事なの?

 

セロトニン

セロトニン

 

 自由であることは素晴らしい。何物にも縛られることなく自由に選択することで、私たちは本当の人生を生きることができる。自由は私たちを幸福にするのだ。

 

それが自由主義の光の面ならば、セロトニンで描かれる物語は自由主義の闇である。主人公は自由であるがゆえに悲しみに沈み、生きる希望を失い、そこから脱出する方法を見つけられないでいる。

 

主人公は曖昧な価値観を持った人間ではない。自分が幸せになれる方法を、はっきりと持っている。それはセックスをすることだ。女性と円満な関係を作ることで自分は幸せになれると何度も主張する。

 

その主人公は女性関係で悩み、鬱状態にある。医師からキャプトリクスという抗うつ剤を処方され、服用するようになる。それは鬱状態を改善するが、勃起しなくなるデメリットがある。その薬の効果で、主人公は生きてはいるが、決して幸せにはなれないというジレンマに陥る。

 

悲しみに打ちひしがれ、死にたくなる主人公は、死にゆく人間が自分に少なくない影響を与えた人間にもう一度会いたいと思うように、これまで付き合った女性、自分が本当に愛した女性、数少ない頼れる友達に会いに行く。そしてそこでこれまでとは違った絶望を味わい、ますます孤独を募らせる。

 

主人公は財産を持っている。倹約すればあと十年ほど生きることができるが、幸せを感じることもなく、だんだんと減っていく金を数えながら生きる意味はあるのかと自問する。

 

この出口のない絶望は日本に生きる私たちにとっても他人事ではない。では、どうしたら私たちは幸福になれるのか? 主人公とは全く異なる価値観を持っていたら、自由主義以外の制度の元だったら、私たちは幸せになれるのか? その問いに対する答えは簡単ではない。

  

あとがきには、小説の作者、ウェルベックがどのような人物であるかが書かれている。そこに書かれている作者の行動を元に、どのような企みを持ってその小説を書いたのかを想像するのもおもしろい。前作の「服従」もフランス社会の影を切り取って見せたウェルベックだ。小説の中に様々な仕掛けが用意されているに違いない。社会との関連を考えながら作品の持つ意味を考えることで、より深く作品を味わうことができる作品だ。